はじめて読んだ「じいじのさくら山」は2回、エリックカールの「ゆめのゆき」は2回読んだ後に、絵を見ながら自分で話を作るという創作を3回した。この程度の絵本なら内容がわかって楽しくなってきたようだ。今まで読んでも意味つかめなかった日本の絵本にも手を広げていこうと思う。
じいじのさくら山ゆめのゆき

ピアノのレッスンに通い始めてそろそろ3ヶ月になる。初めての課題曲であるChopin(ショパン)のNocturne in E Minor (Op. 72, No. 1)の暗譜がそろそろ完成する。暗譜は譜面を見ているときと打って変わり、今まで詰まったことのないような箇所でミスを連発する。そのため、どこが指の流れでだけでおぼえていて耳で覚えていないのかがはっきりとわかってくる。和音はもう一度分解して引きなおし、耳で徹底して覚えなおす。暗譜はまだ入り口で、ここから大きな峠となってくる。プロである先生ですら、「半年位の練習ではリサイタルで披露できるところまではいかない」というほど、これからの表現力を磨く期間は長いものとなるだろう。暗譜が終わり表現に力をいれて練習できるようになると、リーディングの練習が衰えるということで次の課題曲としてDebussy(ドビュッシー)のClair de Lune(月の光)を読みはじめることが決定し、練習をはじめている。


明日は久々にピアノの調律だ。曲にあわせて少し暗い音にするよう頼んでみようと思う。

 母との一週間

cockateil2006-11-21

11月の頭に母がはるばる日本から訪ねて来た。滞在は1週間という短いものだった。母といる間仕事も休みをとり、徹底的に一緒に時間を過ごすことにした。母は通常国内ですら一人で旅行などしない人なので、その母が海を越えて異国に住む私たちに会いに来てくれるという事実だけで、来る前から胸が詰まるものがあった。

母との時間は、日常のたわいもない生活を見せることだけで終わったが、母が帰ってしまった後、母といった場所、母と会った人に触れ合うたびに母を思い出すようになっていることにすぐに気がついた。もともとこの街がとても気に入っていたのだが、今は街のあちらこちらから母が見ていて、「がんばれ」と言ってくれているような気がする。

来年の4月からは新しい職場に移る。慣れない地下鉄とバスを使った出勤となる。母は、「どの位の時間で着くか、地下鉄とバスに乗って行ってみよう。」と嬉しそうに時間を計りながら、新しい勤め先まで雨の中一緒に歩いてくれた。来年からあのバスに毎日乗りながら、母が横に座って一緒に乗ってくれたことを思い出すのだろう、と考える。